山口貝類研究談話会会誌 ユリヤガイ, 7(2). January 2000

原著論文

山口県上関町長島・田ノ浦から発見された新種ナガシマツボ (腹足綱: 吸腔目: ワカウラツボ科)

福田 宏

要約 山口県上関町長島の南西端・四代田ノ浦の上関原子力発電所建設予定地において,従来アイルランド〜地中海及びドミニカ共和国からしか知られていなかった Ceratia H. & A. Adams, 1852 ハラカラツボ属 (新称; Iravadiidae ワカウラツボ科の1属) の新種1個体が見いだされたので,Ceratia nagashima sp. nov.ナガシマツボと命名し,記載する。本種は潮間帯上部に生じた還元的タイドプールの砂泥に埋もれた石の下に,Cornirostridae カクメイ科の種などと共に棲息していた。

キーワード: ナガシマツボ,ワカウラツボ科,新種,還元的タイドプール,上関原子力発電所,山口県,瀬戸内海


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山口県上関町長島・田ノ浦の海産軟体動物相・腕足動物相

福田 宏・浅見 崇比呂・山下 博由・佐藤 正典・堀 成夫・中村 康博

要約 山口県上関町長島西端部・四代地区田ノ浦 (原子力発電所予定地) において,1999年8月〜10月にかけて行われた調査の結果,海産貝類183種・腕足類1種が確認された。その生物相の特徴として以下の点は特に重要である:1)還元的タイドプールには Tomura cf. yashima H. Fukuda & H. Yamashita, 1997 ヤシマイシン近似種が棲息する。この種は殻表に明瞭な螺肋をもつ点などによりヤシマイシンや T. himeshima H. Fukuda & H. Yamashita, 1997 ヒメシマイシンから区別可能であるが,正確な同定はさらに検討が必要である。原発予定地の個体はその周辺固有種の可能性も否定できない。2)Ceratia nagashima H. Fukuda, 2000 ナガシマツボが還元的タイドプールの石の下に棲息する。当地は現時点で本種の世界唯一の産地である。3)絶滅寸前とされる腕足類の一種 Discinisca sparselineata Dall, 1920 カサシャミセンが潮間帯に著しく多産する。4)Pyramidellidae トウガタガイ科は4種の生貝が得られたが,そのうち Linopyrga sp. シダイタノウラクチキレ, Kleinella sulcata A. Adams, 1862 チリメンクチキレと Pyrgulina pupula (A. Adams, 1861) サナギイトカケクチキレの生貝は今回初めて記録された。5)潮間帯の褐藻や石灰藻の間から得られた超微小貝類 (micromolluscs)の中には複数の未記載種 (例えばCingulopsidae ホシノミキビ科,Eatoniellidae アオジタキビ科,Rissoellidae ガラスツボ科,Omalogyridae ミジンワダチガイ科)が11種含まれていた。6)WWF Japan 発行の「日本における干潟海岸とそこに生息する底生生物の現状」に登載された「危険」または「希少」種8種が棲息する。7)動物相は多様性が甚だ大きく自然環境の保存度が極めて良好と考えられるため,今や殆ど失われてしまった瀬戸内海の磯の原風景を残していると言える。これは現在の日本では奇跡的な状況である。8)主として太平洋や日本海の暖流流域に見られるが瀬戸内海では稀か未記録であった種が多数産する。このため当地は,山口県瀬戸内海沿岸の中では,豊後水道経由で北上してくる黒潮支流の影響を最も強く受けている場所と考えられる。以上のことから,当地の生物相ならびに生態系は今日の日本では他に類例のない極めて重要なものである。通常,このように掛け替えのない貴重な生物相が見いだされた場合は,今後一切人間の手を加えず,例えば特別保護区 (サンクチュアリ) のような形で環境全体を包括的・永続的に保全するのが妥当な措置である。

キーワード: イシン属,カクメイ科,トウガタガイ科,カサシャミセン,希少種,保護,上関原子力発電所,山口県,瀬戸内海


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