軟体動物多様性学会 Molluscan Diversity, 5(1-2). August 2025

原著

岡山県におけるヒレイケチョウガイとイケチョウガイの交雑種とみられる個体(二枚貝綱:イシガイ目:イシガイ科)の確認

柏 雄介・阿部 司・福田 宏

要約  岡山県南部の児島湖に流入する倉敷川周辺の水路にて,イケチョウガイ属の棲息が確認された。形態から外来種ヒレイケチョウガイと日本在来のイケチョウガイの交雑種の可能性がある。同じ産地で成貝・幼貝ともに見られたため,個体群として維持されていると推測される。本種が確認された環境は底と岸がコンクリートの水路の水深50−60 cmで,部分的に礫が5−10 cm程度堆積し,流速は1 cm/s以下であった。児島湖周辺には人為的移入由来のイケチョウガイが棲息している可能性があり,ヒレイケチョウガイ移入の影響が懸念される。

キーワード:  移入種,外来種,児島湖,山陽地方,棲息環境,絶滅危惧種,淡水産貝類,保全

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島根県隠岐諸島におけるスリガハマ(二枚貝綱:マルスダレガイ科)の産出記録

山田真悠子・小野廣記

要約  マルスダレガイ科二枚貝類の希少種スリガハマの日本海側における分布北限はこれまで不明瞭であった。今回,島根県隠岐で本種が確認され,これは同県新記録であるとともに日本海における信頼できる分布の北限を示す。

キーワード: 棲息環境,日本海,摂食跡,絶滅危惧種,マダコ,保全

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アコヤエビス(古腹足類:ニシキウズ目:エビスガイ科)の学名 Akoya akoya (Y. Hirase, 1922) の適格性と有効性,ならびに胎殻・頭部―腹足・歯舌・顎板の形態

福田 宏・池田 等・石田 惣・芳賀拓真

要約 Akoya akoya アコヤエビス(エビスガイ科)は主に本州中部〜四国沖の太平洋と九州西部沖の東シナ海において漸深海底から知られる。本種の学名(記載時は Calliostoma akoya)の著者と公表年は今日まで大半の文献で「(Kuroda in Ikebe, 1942)」とされてきた。しかし,同綴の学名は平瀬與一郎による1922年刊行の『貝千種』(四)が初出で,そこでは描画を伴うことからその学名は国際動物命名規約第4版の条11.4.3および 12.2.7により適格名であり,しかも本種を指す4つの異名のうち最古参であるため有効名である。したがって Akoya akoya の著者と公表年は (Y. Hirase, 1922) とするのが適切である。以下の3学名はいずれも無効な新参異名である:Calliostoma (Calotropis) ksuzukii Ikebe, 1942 スズキエビス;Calliostoma (Calotropis?) akoya Kuroda in Ikebe, 1942;Akoya shinayaka Habe, 1961 ユウビエビス(シナヤカエビス)。本種の形態は従来殻と蓋しか報告例がなかったため,胎殻・頭部−腹足・歯舌・顎板を検討したところ,エビスガイ亜科に属す他の属と概ね類似していた。

キーワード: 貝千種,海産腹足類,形態,スズキエビス,分布,分類,命名法,ユウビエビス

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山口県萩市で採集されたニシキサザエ(古腹足類:ニシキウズ目:リュウテン科),および Callopomella Kira, 1959 の分類学的地位

福田 宏

要約 山口県萩市三見漁港でニシキサザエが採集された。これは本種の最北にして日本海側最東の記録である。この機会に本種の分類,形態,分布の既往知見を総括した。Turbo Linnaeus, 1758 リュウテン属の亜属である Callopomella Kira, 1959 は本種を単型によるタイプ種として設立されたが,その分類学的地位は現在まで不明瞭であった。この亜属は適格名であり,Carswellena Iredale, 1931 キイチゴサザエ亜属 (= Euninella Cotton, 1939 ナンゴウサザエ亜属) の新参異名とみなされる。

キーワード: 海産腹足類,キイチゴサザエ亜属,形態,固有種,絶滅危惧種,日本海,分布,分類,保全,命名法

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山梨県河口湖におけるマメタニシ(新生腹足類:クビキレガイ上科:エゾマメタニシ科)の産出

澤田直人・齊藤 匠・福田 宏

要約 エゾマメタニシ科の淡水貝類マメタニシは全国的に減少傾向が強い。山梨県河口湖からの文献上の明確な記録は見当たらないが,本研究で1987年,1992年および2021年に同湖で採集された標本が検討された。その結果,河口湖のマメタニシは1990年代以降に急速に減少し,2000年代以降に移入された同科の外来種コガシラマメタニシと競合している可能性が示唆された。河口湖のマメタニシが在来の個体群であるとは言い切れないものの,本個体群は絶滅に瀕しており,高い保全上の価値を有すると考えられる。

キーワード: 移入種,外来種,絶滅危惧種,淡水産貝類,保全

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高知県宿毛市で発見されたオイランカワザンショウ(腹足綱:カワザンショウ科)

内野 透・布部淳一・徳丸直輝・野元彰人

要約 高知県宿毛市の松田川河口域においてオイランカワザンショウが発見された。本種はこれまでに南西諸島のみで記録されており,九州以北からは初の記録となる。また,本種の分布域の北限および東限を大きく更新するものである。松田川における本種の生息状況を報告するとともに,本種の分布北限が近年になって北上した可能性について議論した。

キーワード: 温暖化,干潟,ヨシダカワザンショウ

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真洞窟棲絶滅危惧貝類ホラアナゴマオカチグサ種群(新生腹足類:クビキレガイ上科:カワザンショウ科)の福岡県における60年ぶりの再発見

亀井裕介・福田 宏

要約 福岡県田川市の石灰岩洞窟(岩屋第一鍾乳洞)からホラアナゴマオカチグサ種群の生貝を見出した。これは同県産のこの属としては60年ぶりの再発見である。本種群は洞窟ごとに種分化していることが指摘されており,今回見出されたものも未記載種の可能性が高い。

キーワード: 稀少種,九州,石灰岩洞窟,保全

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投げ釣りで釣れたマクラガイ(新腹足目:マクラガイ科)と貝類採集法としての釣りの可能

中野智之

要約 和歌山県田辺市の堤防においてゴカイを餌として投げ釣りをしていたところマクラガイが釣れたので,その状況を報告する。貝類採集の一つの手法としての釣りの可能性について論じる。

キーワード: クロダイ,ゴカイ,ホラガイ,釣り

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佐多岬の浜辺に打ち上げられたマボロシリュウグウボタル(新腹足目:マクラガイ上科:リュウグウボタル科)

福田 宏

要約 九州西岸(五島列島〜大隅諸島)固有の稀少種マボロシリュウグウボタルの死殻が,1973年,鹿児島県佐多岬での打ち上げ採集で得られた。これは本種がビーチコーミングで見出された唯一の例である。本種の分布と棲息深度を文献記録に基づいて総括する。本種は漸深海底のみならずより浅い潮下帯にも産し,水深20−150 mの範囲に棲息すると考えられる。

キーワード: 稀少腹足類,固有種,棲息環境,漸深海底,潮下帯,東シナ海,ビーチコーミング,分布,分類,保全

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大阪府におけるヒメヒラマキミズマイマイ(モノアラガイ目:ヒラマキガイ科)の記録および本種の標徴の再評価

馬場雄司・上地健琉

要約 大阪府の3市町5地点(能勢町3地点・池田市1地点・岸和田市1地点)において絶滅危惧種ヒメヒラマキミズマイマイが水田・耕作放棄地・側溝に生息しているのを確認した。このうち2地点は畑耕作の開始により生息地が消失した。このことから,一部の地域では本種が絶滅した可能性が示唆され,生息地のモニタリングや新たな生息地の探索が望まれる。また,本種と類似するヒラマキミズマイマイとの比較を行い,殻形態の4形質(殻径,殻高,殻口を除く体層高,巻き数)において差異があることを確認した。これらの標徴により,ヒメヒラマキミズマイマイの分布や生息状況,生態などに関する知見が集積されることが望まれる。

キーワード: 絶滅危惧種,淡水産貝類,分布,保全,生息状況

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愛知県の石灰岩洞窟内に棲息するシタラ科(マイマイ目:カサマイマイ上科)の一種

川村康平・早瀬善正

要約 シタラ科の一種の棲息が愛知県豊橋市の石灰岩洞窟である嵩山蛇穴(すせのじゃあな)で確認された。本種は頭部−腹足の全体が白色で,眼は黒色色素を欠く。真洞窟棲シタラ科の生貝発見は,沖縄島中部の石灰洞に続く2例目となる。同様の種群の日本での生貝産出例はほとんどないため,今回の種が発見された経緯と棲息状況,形態的特徴を報告する。

キーワード: 陸産貝類,洞穴生物,ジャアナシロヒメベッコウ

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宮城県加美郡加美町におけるムツヒダリマキマイマイおよびナメクジ属の一種(腹足綱:マイマイ目)の記録

山崎大志・伊藤 舜

要約 宮城県加美郡加美町の山地において,Euhadra decorata (Pilsbry & Y. Hirase, 1903) ムツヒダリマキマイマイ(form tobai S. Hirase, 1929 トバマイマイ型)および Meghimatium sp. ナメクジ属の一種(ハナタテヤマナメクジもしくはその類似種)が得られた。宮城県における陸産貝類相は,北部沿岸域で詳細な報告がなされている一方で,内陸部における知見は限られている。上記2種の分布情報は宮城県内陸部の陸産貝類相解明に寄与するだけでなく,それぞれの分布域把握にも重要と考えられるため,産出状況を報告する。

キーワード: 生物地理,東北地方,トバマイマイ,分布,マイマイ属,有肺類,陸産貝類

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日本産軟体動物の稀少な未記載種の形態的標徴,分布ならびに棲息環境

岩崎敬二・石田 惣・柏尾 翔・亀田勇一・久保弘文・齊藤 匠・澤田直人・芳賀拓真・早瀬善正・平野尚浩・福田 宏

要約 絶滅の危機にある,または将来その可能性が高くなると推定される日本産軟体動物の116未記載種・種名未確定種(二枚貝綱12,腹足綱104)の形態的標徴(近似種との識別点を含む),分布および棲息環境の現状をまとめた。また,未記載種であっても,その存在自体の認識と生物多様性保全等に資するためには和名が必要であることを論じた。以下16種または亜種の和名を新称する:シュスシオガマ,アマミヤマキサゴ,トカラヤマキサゴ,ドウクツノブエガイ,セキガハラゴマオカチグサ,オオコゴマオカチグサ,タキチグサ,アツミシブキツボ,イリオモテミヤイリガイ,タヌキノムシロ,ジュウロクケシガイ,イラブキセルモドキ,ヒシャゲキビガイ,アパラギベッコウ,トシドンナメクジ,ヒトリッコナメクジ。

キーワード: 貝類,形態,生物多様性,絶滅危惧種,分類,保全,レッドデータブック,和名

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