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江奈湾で見つけた生物

2007.10.3


(写真:多留聖典)

 江奈湾は、東京湾の南西端である神奈川県三浦半島剱崎からさらに約800mほど西側に位置する。江奈湾の西岸には江奈川・田鳥川が注ぎ込み、上流の丘陵地帯の耕作地から流下する土により、河口域に小規模ながら泥質の干潟が形成され、周囲にはヨシが茂っている。周囲には国道215号が通っており、残念なことに不法投棄されたゴミが目立つ。
 2007年9月26〜27日にわたり、環境省による干潟生物調査法の検討のための調査に同行した。なお、この調査は株式会社セルコにより行われたものであり、同行・撮影を快諾していただいた同社の方々に感謝する。


 江奈湾においては、環境省(2007)の浅海域生態系調査(全国干潟調査)で底生生物調査が行われているが、その出現種数は30種と、対岸の房総半島の富津干潟(55種)や盤洲干潟(68種)に比べて比較的少ない。しかしながら、今回の調査では近傍の東京湾の干潟には見られない生物の出現が確認できた。
 江奈川河口に広がる泥干潟では、所々にコアマモの群落が見られた。その周囲には、多数のウミニナ類が蝟集していた。大部分はホソウミニナ Batillaria cumingi であったが、東京湾内ではほとんど見られなくなったウミニナ B. multiformis も少なからず混生していた。


(写真:多留聖典)



(写真:多留聖典)

 ウミニナ類の殻表を観察していると、殻表に小さな瘤状のものがついているものが何個体か見られた。これは、ツボミ Patelloida conulus という小型のカサガイの1種 。1990年代までは東京湾内の盤洲干潟などでも多く見られたが、近年ではほとんど姿が見られなくなり、千葉県レッドリスト(2006)では重要保護生物とされている。なお、本種はヒメコザラ P. heroldi の一生活型であるとされていたが、近年の研究で生殖的な隔離を起こした別種であるとされた(中井他, 2007年日本生態学会)。
 その他、生貝は得られなかったものの、近傍の砂中より今では東京湾内からは絶滅したイボウミニナ Batillaria zonalis や、ヘナタリCerithidea (Cerithideopsilla) cingulata の死殻も発見された。特にイボウミニナについては、ユビナガホンヤドカリ Pagurus minutus の宿貝となっているものも多く見られた。


 河口に広がる泥底で定量採集を行っている際に、周辺の泥中よりユウシオガイTellina (Moerella) rutila が発見された。ユウシオガイは、陸奥湾以南の内湾の砂泥質の干潟に分布するとされている。近年でも浜名湖以西では出現記録が多くあるが、東京湾では1970年代を最後に出現の記録はなく、千葉県レッドリスト(2006)では最重要保護生物、また相模湾においても絶滅(葉山しおさい博物館, 2001)とされている。たいへん貴重かつ重要な出現記録ではあるが、残念ながら今回確認されたのは一個体のみであり、個体群が維持されているとは言えないが、複数個体の生息の可能性を示唆するものでもある。

(2007/10/25追記 ユウシオガイであるかトガリユウシオガイであるかを確定するためには、DNAによる鑑定を行うことが望ましいとのこと)


(写真:多留聖典)



(写真:多留聖典)

 そして、河岸のヨシ原からは、多数のアシハラガニ Helice tridens やアカテガニ Chiromantes haematocheir 、カクベンケイガニ Parasesarma pictum に混ざって、ハマガニ Chasmagnathus convexus が発見された。ハマガニは本州以南の汽水域の後背湿地に分布する大型のカニで、紫色を帯びた体色が特徴である。本種は夜行性であり確認されにくいためか、千葉県レッドリスト(2006)では消息不明・絶滅生物となっている。実際には小櫃川河口などで確認されるものの多数ではなく、また主に比較的高潮位のヨシ原の中に生息するため、開発事業などで生息地が失われやすく、後背湿地全体を含めた生息地の保全が求められる。
 今回出現した生物たちは、東京湾では見ることがかなわなくなってしまったものも多い。しかしながら、これだけ近くにまだ生息地が存在し、新たな加入のチャンスがあるのであれば、その生息環境を保全してゆく必要性は高いのではないかと考えられる。

※ (c) 東邦大学理学部東京湾生態系研究センター 出典を明記しない引用を禁じます。
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