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東京湾の新参ハゼ〜すでに定着?

2007.2.23

 


(写真:多留聖典)

 しばらく貝の話題が続いたが、少し趣向を変えて、ここ数年、東京湾で新たに見られるようになったハゼ科魚類のある1種について触れてみたい。
 一口に「ハゼ」といっても、日本にはハゼと呼ばれる魚類は約550種ほどいるといわれており、日本産魚類の種数のうち約1/7を占めている。そのため、最近ではハゼ科を亜目に昇格させ、さらにツバサハゼ科・ドンコ科・カワアナゴ科・ヤナギハゼ科・ハゼ科・スナハゼ科・オオメワラスボ科・クロユリハゼ科を設ける分類体系が提唱されている。種数が多いということは多様性も高く、生息環境である基質の隙間に適応して、様々に分化している。そして小型種が多く、脊椎動物最小の種もハゼ科の1種である。
 写真はイソハゼEviota abax 。次種と並び、Eviota (イソハゼ) 属の最大種であるが、それでも体長は約3.5cm。この種は本属の中で最も北に分布が広く、東京湾外湾の岩礁域にも生息する。春から秋には、タイドプールの中の小さな岩穴にはまり込んでいる姿をよく見かける。ただし、水深5mより深い場所ではほとんど見かけない。


 もう1種、近年記載されたアカイソハゼ Eviota masudai も房総半島に分布する。こちらもイソハゼとほぼ同じ大きさであるが、体の斑紋が紅赤色である。アカホシイソハゼ Eviota melasma ともよく似ているが、頬に2本の縦帯があること、体サイズが大きいことで区別できる。多くの場合は、石灰藻(紅藻類)に覆われた岩盤の垂直壁面の隙間に入り込んでいることが多い。伊豆半島ではむしろ、イソハゼよりもアカイソハゼをよく見かける。どうやら、波あたりが強い場所では本種のほうが優占するようで、波あたりの静かな場所で見かけることはあまりない。また、水深10mより深い場所でも見られ、むしろ潮溜まりで見ることはあまりない。


(写真:多留聖典)



(写真:多留聖典)

 東京湾で普通に見られる Eviota 属は、当初は上記の2種のみであった。ところが、近年あらたにもう1種が頻繁に確認されるようになった。それが、今回の主役であるナンヨウミドリハゼ Eviota prasina である。体全体が緑色地で、赤褐色の斑点がある。補色が近接しているというなかなか派手な体色の種である。近似種との識別点は、尾鰭の付け根に黒色斑があり、臀鰭基部にも5黒色斑があることで見分けられるが、体長は約2.5cmと小さくかなり困難。それでも、この属の種としては標準的か、むしろ大きいほうである。写真は東京湾湾口部の鋸南町で確認された雄の個体。小さな岩穴を巣として利用していた。ただし、この個体が巣内に卵を保護していたかどうかは不明。


 こちらは雌の個体。腹部が膨満しており、成熟卵を持っていることが推測される。この地点では複数の個体が確認され、いずれも成魚であった。本種は伊豆半島以南に分布するとされており、1995年に天津小湊で筆者が確認した1個体が、本種の房総半島での初記録であると思われる(標本は千葉県立中央博物館に収蔵)。その後しばらく確認されずにいたが、2004年以降毎年、この地点をはじめ、房総半島南部の複数地点で本種の成魚が確認されている。魚類の場合、海流の影響による偶然の出現という可能性もあるが、成魚が毎年確認され、しかも成熟卵を持つことで繁殖の可能性が示唆されるとなれば、ほぼ定着している可能性が高い。


(写真:多留聖典)



(写真:多留聖典)

 本種は、分布の中心である九州では比較的高潮位の、浅いタイドプールに多産する。しかしながら房総半島においては、タイドプールではなく潮下帯の浅所の岩盤で発見されていることから、本来の生息環境とは多少異なる印象を受ける。近似種のイソハゼでは種間競合の程度によって繁殖巣の環境を変えることが示されており (Taru et al, 2005)、本種でもその可能性がある。
 今の季節はまだ、これらのハゼの姿を見ることは難しいが、本年の夏にも、東京湾でナンヨウミドリハゼの姿を見ることができるのだろうか。見られなければ少しさびしい気分ではある。その一方、見られてしまえば分布を拡大した要因に思いを馳せずにはいられない。複雑な気分である。

引用文献:Masanori Taru, Takeshi Kanda and Tomoki Sunobe
Competition for spawning sites between two gobiid fishes, Bathygobius fuscus and Eviota abax, derived by alternation of mating tactics of the former. Ichthyological Research (52) 2 : 198-201, 2005


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