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ヤミヨキセワタ

2017.1.3


(写真:多留聖典)

 初夏の干潟を歩いていると、干潟面にまさに漆黒と言える1-2cm程度のヤミヨキセワタMelanochlamys fukudai の姿を目にすることがある。その存在を知らなければ、細長いグミか廃油の塊が干潟に転がっているように見えるかもしれないが、よく見るとゆっくりと動いていることで、それが動物だと気づくだろう。場合によっては、1平方メートルあたり数10個体の高密度で見られることもある。
 ヤミヨキセワタは真後鰓類クレード(旧 頭盾目)に属する腹足綱の一種で、つまり巻貝である。軟体部の中に小さな殻があるが外からは見えない。そして粘液を体表から分泌して、砂や泥を纏いながらゆっくりと、干潟面を浅く潜るように移動する。そのためあまり目に付かないこともあるが、視点を低くして表面を見ると、盛り上がった砂がゆっくりと移動するので存在が判る。掘り出してじっくり見ると、体はとても柔らかく、全身が黒というよりも黒紫色から褐色で、体表は鈍く青い光を反射している。


 ヤミヨキセワタは1990年代から存在が知られていたが、形態的な特徴に乏しく、情報の少ない種であった。ベントス学会の干潟生物レッドデータブック(2012)では、情報不足であるが希少種としてDDのカテゴリーとされたが、外来種の疑いもかけられていた。しかし2014年に、平野弥生 訪問研究員らの研究チームにより、東京湾の盤洲干潟をタイプ産地として新種記載された。そして同時に、遺伝子(COI)が産地ごとにやや分化していることから、在来種である可能性が高いと結論づけられた。
 ところが、その際に東京湾からはもう一種、やはり同時に新種記載されたMelanochlamys kohi (右写真下)も分布していることが報告された。この種のタイプ産地は韓国であり、こちらは外来種である可能性が示唆されている。こちらの種は、東京湾では湾奥部の潮下帯泥底で見られる。ヤミヨキセワタでは目立つ体前部(頭盾)背面正中線の濃色線が本種では見られず、全体に色素が疎らでやや赤紫が強いが、まだ日本から報告のない同属の別種も色彩に多型があることが知られているため、同定は慎重に行う必要がある。


(写真:多留聖典)

Melanochlamys kohi は、当センターの「写真図鑑 東京湾の動物たち」で、以前より「ヤミヨキセワタ近似種」と表記している種である。



(写真:多留聖典)

 このヤミヨキセワタであるが、たいへん動作はゆっくりしているものの肉食で、しかも捕食者である。左の写真では、盤洲干潟でヤミヨキセワタが多毛類のツツオオフェリア Armandia cf. amakusaensis を襲い、銜え込んでいる。ツツオオフェリアは激しく体をくねらせて、かなり素早く砂の間に潜り込んで移動できるのだが、なぜかより動きの遅いヤミヨキセワタに捕らえられてしまうようである。タイプ産地の盤洲干潟では、ヤミヨキセワタの多産する潮位にツツオオフェリアも多産することが多く、そしてヤミヨキセワタのツツオオフェリアに対する捕食は1例だけでなく、複数回にわたり確認されており、どうやら偶然ではなく、コンスタントに生じている現象のようだ。なお盤洲干潟は、ツツオオフェリアが非常に多産する干潟であり、もちろん他の地域のヤミヨキセワタがツツオオフェリアを捕食しているとは限らない。そして恐らく同属のM. kohi も同様に捕食性であろうと考えられるが、まだ捕食中の個体を確認したことはない。

※ (c) 東邦大学理学部東京湾生態系研究センター 引用元を明記しない引用を禁じます。
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