Topics

「白はまぐり」の正体は?

2007.1.26
(2007.5.1追記)

 

 最近、「白はまぐり」「白あさり」「大あさり」と称して、見慣れない白色の二枚貝が市場に流通している。写真は、筆者宅に折込チラシとして配達された船橋市のデパートのチラシである(画像は一部加工してあります)。1kgで1260円(内税)と、上の船橋海苔と比べてもなかなかの価格がついている。しかも、限定30セットと大変貴重な逸品のようである。この水産業者の電子商店街のサイト(気になる方は「白はまぐり」で検索!)を見ると、「通常、国産の蛤の値段は ...(例えば鹿島灘産地蛤は1kgで3500円)... ですが、東京湾産白はまぐりは、1kg2000円程度」と書かれ、それを店長の一押しで期間限定、税込み送料込み1000円で販売するという太っ腹ぶり。


  通販サイトには「 見た目も蛤(はまぐり)そのものですが、 気になる味も蛤(はまぐり)そのもの!!」とあるが、ハマグリ類(Meretrix 属)とは殻頂の形状や螺肋が明確に異なる。一般にハマグリ類の殻は三角形に近く、表面がなめらかな殻皮で覆われている。ちなみに、市場にでているハマグリの大部分は中国・朝鮮半島産のシナハマグリ Meretrix pethechialisであり、九十九里や鹿島灘など外洋に面した産地の「地蛤」はチョウセンハマグリ M. lamarckii。加工食品になっているものの多くはベトナム産のハンボリハマグリM. lyrata (ミスハマグリ、パンダハマグリとも)である。本来のハマグリ M. lusoria はかつては日本の内湾干潟に多産したが、現在では九州の一部を除き激減し、ほとんど市場に出回らず、たいへん高価である。

(2007.5.1追記)チョウセンハマグリの和名を(朝鮮ではなく汀線)と記していたが、「目八譜」(武蔵石寿,1844)での「朝鮮蛤」の表記が和名の起源とのこと。日本にも普通に分布するため、汀線もしくは潮線と表記されるようになったのではという見解を貝類研究者の方からご教授いただいた。


(写真:多留聖典)



(写真:多留聖典)

 「白はまぐり」の正体は、ハマグリ類ではない。ホンビノスガイ Mercenaria mercenaria という北アメリカ原産の移入種である(チラシには掲載されていないが、通販サイトには「本名は「本びのす貝」と言います」とか、「学名は、ほんびのす貝」とある。しかし、本名という呼称は存在せず、和名はカタカナ、学名はラテン語で表記する)。科こそ同じマルスダレガイ科であるが、全く属が異なり、ハマグリやアサリの近縁種ではない。
 ホンビノスガイは1990年代に移入が確認され、日本では東京湾奥部で多産している。だから、「東京湾で摂れた(原文ママ)貝で、正真正銘の国産物です!!」というのは恐らく間違いない。なお、北海道付近では同属のビノスガイ M. stimpsoni が生息し、たまに市場に入荷する。ちなみに、ビノス(美之主)とはビーナス、つまりVenus (マルスダレガイ)属のことであるが、現在は本種はVenus 属ではなくなってしまった。


 「白はまぐり」「白あさり」「大あさり」の正当性について検討してみる。まず、移入された時期が1990年代であり、一般的な呼称としてこれらの名称は定着していない。また、旧来「大あさり」として販売されていた貝の多くは同じくマルスダレガイ科のウチムラサキ Saxidomus purpurataであった。写真は富津市の海岸で見られたもの。ホンビノスガイよりもふくらみが大きい。日本三景の一つ、天橋立付近で多産することから、「橋立貝」の異名もある。こちらは産地ではそれなりに定着している名称であるとはいえるが、ホンビノスガイのような新参者が同じ名称を名乗るようになってしまうと認識に混乱が生じる。
 キノコ類の「しめじ」が現在はヒラタケやブナシメジといった、固有の和名を表記するようになったのと同様、これらの貝も誤解を受けない和名で市場に流通させるべきである。ホンビノスガイやウチムラサキは決してハマグリやアサリのまがい物ではなく、それ自身でしかないのだから。

(2007.2.22追記)シロハマグリという和名は、波部・奥谷 (1985) によりマルスダレガイ科のPitar albidus に対して提唱されており、他の種に用いるべきではない。


(写真:多留聖典)



(写真:多留聖典)

 それではホンビノスガイは食用としてはどうなのか。日本では未だに水産種としては一般的に認知されていないが、北アメリカでは食用として流通している。実際、食べてみても産地によってはやや泥臭さを感じることもあるが、やや硬いものの、それほど不味いわけではない。ただし、Meretrix 属特有の風味は感じられなかった。
 資源としてみると、移入種であること、そして場所によっては湿重量で1平方メートルあたり5kg近くも生息していることから、有効利用を考えたくもなる。そこで、漁獲を人間生活によって海に流出した有機物を再び陸上に移動するプロセスであると考えると悪いことではないような気がする。写真は東京湾某所での1平方メートルのサンプリング結果。採集された貝のほとんど全てがホンビノスガイで、その総重量は4kg。非常に高密度で生息しており、この水深にはほかの貝はほとんど出現しなかった。


 ただし、食用とするには産地が問題である。二枚貝は基本的に濾過食であり、水中の懸濁物や底泥の有機物を多く摂取する。その上、先述のように東京湾の湾奥部の砂泥底、一般的に言う「へどろ」の中に生息する種であり、下痢性・麻痺性の貝毒試験結果以外には安全性を裏付けるデータもない。少なくとも、筆者は大量に食べる気はしない。先の納豆ダイエットや洋菓子の消費期限詐称事件においてもそうであるが、自分が食べているものが何であるか、それを食べることが自分自身の体に、そしてそれ以外にもどのような影響を与えるかを充分に考えた上で、判断力を持って生活を送ることを心がけるべきである。もちろん、生産者や流通業者が、商品の正体を隠し、さらに付帯するリスクを開示しないような行為があってはならないのは当然のことであるが。


(写真:多留聖典)

※ (c) 東邦大学理学部東京湾生態系研究センター 出典を明記しない引用を禁じます。
写真の著作権は撮影者に帰属します。写真の無断使用を禁じます。

Topics Indexへ