Topics

谷津干潟を歩いてみると・・・(1)

2007.6.10


(写真:多留聖典)

 谷津干潟は千葉県習志野市にあり、面積約40ha、長辺約1110m、短辺約430m(実際は東関東自動車道により二分されている)の長方形をした水域で、2本の水路で東京湾奥部へと通じている。野鳥の飛来地として有名で、1988年に鳥獣保護区に指定され、1993年にはラムサール条約登録湿地に指定された。
 1994年には自然観察センターが設けられたが、谷津干潟は普段、観察者が自由に干潟に立ち入ることができない。また近年では低湿の砂質化と、アオサ類の大量発生が問題となっており、谷津干潟の再生についてが大きな課題となってきている。


 高温が数日続いた直後の5月21日に、周囲の観察路から干潟の状況を確認したところ、アオサ類 (Ulva? sp.)が繁茂し、場所によっては右に示すように、腐敗が進行して光合成細菌のfloraが形成され、ピンク色を呈している場所があった。もちろん、かなりの異臭を放っていた。
 2007年6月2日に、谷津干潟自然観察センター主催の干潟生物観察会が行われ、スタッフとして同行する機会を得た。幼少時より習志野市在住で、野鳥観察などでたびたび同所を訪れていた筆者も、干潟面に立ち入るのは初めてのことである。
 観察会の前日までの数日は、比較的低温が続いたことから、光合成細菌の発生はかなり抑えられており、異臭もだいぶ低減していた。


(写真:多留聖典)



(写真:多留聖典)

 観察センターの東側から干潟に降り立って、まずいちばんはじめに目を引いたのは、アオサ類の堆積もさることながら、干潟一面にばらまいたような多数のホソウミニナ Batillaria cumingi であった。
 観察路にある案内看板の、10年以上前に撮影されたと思われる写真では、ホソウミニナでなくウミニナ B. multiformis が紹介されているのだが、今回の観察会では一個体も確認されなかった。すなわち、ここ10年程度の間に、ウミニナはホソウミニナに取って代わられたことが推定される。
 これは、両種の生活史の違いによるものと考えられている。ホソウミニナは直達発生であり、孵化後すぐに稚貝となり、親と同じ干潟で生活するが、ウミニナはプランクトン幼生期を経る非直達発生であり、近隣の干潟の存在を前提とした生活史を持っている。すなわち、孵化して海流に流されても行く先がなく、近隣の干潟の個体群がなければ加入もない。


 ホソウミニナはアオサ類を抱え込むように摂食していた。豊富に存在するアオサ類を餌として利用し、谷津干潟においては平均して1m2あたり1000個体以上という、非常に高い個体密度を維持している。しかし、ホソウミニナがアオサ類を食べることで、アオサ類が減るかというと疑問が残る。外海との生物的な連絡が貧弱であり、また鳥類もホソウミニナを餌として利用している様子はあまりなく、ホソウミニナ自体の捕食者が非常に少数である。そのため、ホソウミニナがアオサ類を食べて生長しても、その栄養は谷津干潟内の循環にとどまり、再びアオサ類の栄養となる可能性が高い。


(写真:多留聖典)



(写真:多留聖典)

 左写真は、ホソウミニナがもっとも高密度な地点。数層に重なっており、もはや底質が見えない。
 谷津干潟は、人為によってほとんどが埋め立てられた東京湾奥部に残された、数少ない干潟であることは間違いない。しかしながら、ホソウミニナやアオサ類のような少数種による寡占状態にあり、干潟として健全な状態とはいえない。しかも残念なことに、熱意あるボランティアの方々の、干潟クリーンアップなどの活動も有効に機能しているとは言い難い。そもそも、この問題は多くの人間が他の生物に対して無関心を貫いて経済成長を追い求めた結果であるわけだが、その一方で無関心ではいられず、経済的にも成長できなかった人間に集中的に負担がかかっている。ボランティアや市民活動を美化するだけでなく、そのバックアップシステムが求められていることを認識しなくてはならない。

その2へ続く

※ (c) 東邦大学理学部東京湾生態系研究センター 引用元を明記しない引用を禁じます。
写真・図版の無断使用を禁じます。

Topics Indexへ