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カイヤドリウミグモ(3)

2007.7.26

アサリに非常に高い頻度で、しかも多数の個体が寄生していることが確認された。アサリについていたカイヤドリウミグモの詳細と、現地で採集されたアサリ以外の貝類(二枚貝:サルボウ・シオフキ・マテガイ・マガキ・ムラサキイガイ・ホトトギス・ウメノハナガイモドキ・サビシラトリ、巻貝:イボキサゴ・サキグロタマツメタ・アラムシロ・ホソウミニナ・コメツブガイ)について記す。


(写真:多留聖典)

 アサリの中から採集されたカイヤドリウミグモの各発育段階。大型のものではほぼ成体であり、体長6mmほど、小型のもので0.5mmほどであった。このようにさまざまな発育段階のものが、それこそ数十個体の単位で、1個体の貝の中から発見された。小型の個体は吻を体壁(特に鰓周辺)に穿入させているものが多く、なかなか貝からは外れない個体が多かった。


 中には、担卵肢に卵を付着させた個体も出現した。卵を取り出し、光学顕微鏡下で観察したところ(左上)。このような事例が複数個体で観察され、貝の中で成熟しているという可能性が高い。成熟すると砂中生活に至る(大島, 1933)とされているが、どうやら単純にそうとは言えないことが示唆される。


(写真:多留聖典)



(写真:多留聖典)

 写真は採集されたその他の貝の一部。普段では前浜下部で多数が出現していたバカガイは、今回の調査においてはサイズを問わず全く採集されなかった。漁業者への聞き取りを行ったところ、「今年はほとんど獲れていない」とのことであった。後日、近傍の東京湾アクアラインの北側で殻長4cm程度のバカガイを20個体ほど採集し、解剖したがウミグモは発見されなかった。ただし、この地域ではアサリが採集されなかったため、そもそもカイヤドリウミグモが発生しているかどうかも不明である。


 シオフキについては、その1に示したように、干潟面に露出した個体が多く見られた。そこで、採集したシオフキを開き、外套膜を切開したところ、およそ1/4ほどの個体からカイヤドリウミグモの寄生が確認された。ただし殻長25mm程度以上の大型個体においても、アサリより寄生率は低く(おおよそ6割ぐらい)、また殻長25mmを下回る小型個体にはほとんど寄生が見られなかった。
 漁業者からはマテガイへの寄生および斃死が多く確認されていたと聞いており、そのためか大型の個体は全く見られず、殻長3〜5cm程度の小型個体のみが採集され、寄生率は2割ほどであったが、標本数が少なく量の評価はできない。


(写真:多留聖典)


 それでは、東京湾の他の地域ではどうなのか。まだ調査途上ではあるが、船橋市・市川市地先の三番瀬のアサリ・マテガイ・サルボウ・オキシジミ・シオフキ・オオノガイ・シナハマグリを採集し、解剖した。その結果、カイヤドリウミグモは1個体も発見されなかった。そもそもこれだけ目立つ生物がアサリに入っていれば相当大騒ぎになっているはずであるが、そのような報告はない。

今までの情報・知見を総合すると、

・カイヤドリウミグモの発生は現在のところ小櫃川河口周辺に集中
・寄主となったのはアサリ、シオフキ、マテガイ
・寄生を受けた貝は衰弱し、重度であれば斃死する
・1個体の貝に複数のウミグモが寄生し、特にアサリへの寄生率が高い
・貝の中での発育段階は多様であり、卵を保持した個体も出現した

現在のところ、有効な対策は全く発見できない。河口域に近い場所の潮間帯に生息していることから、塩分濃度の変動に対する耐性も高いと考えられ、低温下(13℃)での飼育でも50日間以上生存している。
しかし、これ以上多くの方面への被害を広げないようにする努力は必要である。

・発生地域の二枚貝生貝や底質の、他地域への移送・導入を安易に行わないこと
・養貝場へ導入する貝(特に大型個体)は寄生を受けていないかチェックをすること。底質導入はさらに危険である
・現在発生が確認されている地域以外での発生が確認されたら、速やかに情報を関連機関へ通報すること。特に移入元の特定は、他地域への拡散を未然に防ぐ重要な情報である
・消費者は風評被害を助長するような発言・記述を慎む(検索サイトで「カイヤドリウミグモ」を検索すると・・・)

そして、現在被害を受けている当該海域の漁業者の生活を脅かすことのないようにすることが重要である。古来、日本人は海産生物の恩恵を大きく受けて文化を育んできた。その過程で種々の寄生生物の処置の方法を開発し、伝えてきた。それは、人間社会がが海とうまく関わる手だてを模索した結果であり、その最前線に立ってきた漁業者が海と訣別することは、大きなインターフェースを失うこととなる。

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※ (c) 東邦大学理学部東京湾生態系研究センター 引用元を明記しない引用を禁じます。
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